Column

[2004-03-02] オレと馬産とドラッグとDNAの関係

BSEだの鳥インフルエンザだの疫病が世界で猛威を振るってますが、南アフリカでアフリカ馬疫(African Horse Sickness)なんてものが発生しているようです(参考記事)。ワクチンが効くだけまだマシでしょうけど、この手のウイルスの同時多発的な流行、偶然で片付けるにはちょっと引っかかるんですよね・・・なんか人類含めた既存種の存続に関わるようなことの気がしてならないです。

ウイルスとDNA

ウイルスの話が出たので、ここ最近のマイブーム漏れヒットチャートを賑わせているDNAのお話でも。DNAがチミン、アデニン、グアニン、シトシンの4つの塩基が組み合わさってできた二重螺旋構造を取っているのは有名ですね。アデニンはチミン、グアニンはシトシンとしかペアになれないのですが(これによって核が分裂により複製を繰り返しても元の遺伝情報が保たれるわけで)、紫外線だのドラッグだのいろんな理由でときどき塩基は変化します。細胞中の酵素の機能で変異した塩基を修復する際、希に左の図のように、CをGに直さないといけないところを正常なGのほうを間違って修正しちゃうことがあります。こんな感じでもし重要な部分のペアが狂っちゃうと、病気になったり死んじゃったりするわけです。エイズなんかは免疫機能を司る部分のペアを狂わせちゃう(これは逆転写で狂うわけですが)。血液型のABOあたりは、間違った情報がそのままどんどん広がったものらしいんですが、これなんかは生命活動を行うのに大した影響のない変異の例ですね。人間の塩基対は30億もあって、そのうち実際に遺伝情報として有効なのは1割以下、つまり残りの9割以上は役に立たないもので、通常生活の範囲で塩基対の変異が起こっても無問題なのは、そのほとんどがこの範囲で生じてるからだそうです。

ところが場合によっては極端にDNAの変異を誘発することがあります。ドラッグだったり、放射能だったり。ぼくが生まれる前に大問題になったものとしてサリドマイドなんてものがありました。グアニンと非常に似た構造の睡眠薬で、DNAの中に滑り込み、妊婦が服用することで奇形児を誘発した世界最大の薬害事件です。これなんかは表現形質にモロ影響しちゃった例ですな。30億ある塩基対のうちどの部分が生命活動や遺伝といった表現形質に影響するのかは、世界中の医療機関がやっきになって追いかけてなお解明できない神の領域ですが、通常の生命維持活動では役に立たないものの、未知のウイルスに対する免疫だとかガンの特効薬の可能性なんかは9割以上にあたるジャンクのペアにカギが隠されてるとされて、だからこそ今日ゲノム産業が投資家関係に注目を集めるわけですね。もっとも、ここに手をつけることはそれこそ神の摂理に逆らうようでちょっと怖さもありますが・・・

通常遺伝子情報はDNA→RNA→アミノ酸といった感じで転写されていきます。ところがRNAからDNA、つまり逆転写を行うのものとしてレトロウイルスというものがあります。エイズを引き起こすHIVなんかがそうです。HIVは表現形質にモロ影響するので宿主である人間を殺してしまいますが、ジャンクペアにしか影響しない場合、それが遺伝情報の中に組み込まれる可能性があります。鳥インフルエンザは仮に野生種であれば絶滅レベルの猛威を振るっていますが、遺伝子の研究なんかのビッグチャンスだったりするんでしょうか。ちょっと不謹慎ですけどね。

馬と遺伝子と

さて、ぼくも競馬サイトやってるわけですから当然サラブレッドとDNAの関係にも注目していきたいところなのですが(去年の夏ごろでしたっけ?クローン馬が世を騒がせたのは・・・騒いでいたのは最強馬論争厨とスズカ厨とえるえるさんかぁ)。サラブレッドの場合DNAというよりも交配と能力の関係、いわゆる血統論のほうがお盛んですね。交配に関してはインブリードとアプトブリードの二つの関係が基本で、前者の目的は交配の際の減数分裂*によって低下すべき潜在する有益遺伝子をホモ接合(同型接合)により強化すること、後者はホモ化した有害な潜性遺伝子を雑種強勢によって発現を抑えてしまうこと(ヘテロ化)にあります。

*父と母は異なる個体なわけだから、それぞれの遺伝情報は半分になる、ということ。

アウトブリードに関しては重要なポイントが二つあります。まずヘテロ化により抑えられた効果はその代限りだということです。サラブレッドの祖先を辿れば3頭にいきつくように、どんな馬でも程度の差はあれ近交されているため、ホモ化した有害要素が潜んでいる可能性があるわけです。アウトブリードすることでホモ化している有害な潜性遺伝子の顕在化を抑えたとしても、次の代の交配の際に同じレベル以上でアウトブリードされなければその最大のメリットとも言える健康な肉体は保ち得ないのです(だからって必ず不健康だって言ってるわけではない)。もうひとつは、主流血統×マイナー血統=アウトブリードと思われがちですが、相手がマイナー血統であってもアウトブリードの効果が望めないこともあるのです。アウトブリードの目的はヘテロ化です。自身に対して異質な遺伝子が含まれている割合が高ければDNA全体に占めるヘテロ化の割合もより進むわけですから、相手が主流だとかマイナーというのはぶっちゃけどうでもいいことだったりします。

>> 参考:血統の深淵

このへんを知った上でエルの血統構成を見ると、似たようなクロスを仕掛けられた他の兄弟、比べる相手が偉大だからということを差し引いてもイマイチな結果に終わったことは、エルがインブリードによる能力アップを受け継ぎながら(少なくとも競走時代に)極めて健康で丈夫な肉体を得られたのは神がかりな気さえしてきます*。果たして、エルの子たち。種付け頭数と比べ血統登録された頭数は約2/3です。この数字が多いのか少ないのかは他馬の統計を取っているわけでもないのでわかりませんが、無事に出走までこぎ着けた子たちはDNAの試練?を乗り越えたと信じたいです。

エルの死因となった腸ねん転は消化不良による便秘が主な発病の原因で、内蔵の弱さが弊害として顕在化したのかもしれません。ただ馬はその内蔵の構造上腸ねん転になりやすいため、蹄葉炎と並んで代表的な死因だったりするので内臓が弱かったという確信的な理由とは言えないのですが。ちなみにぼくは牧場で働いていた経験があって、馬は軽い便秘は砂浴びで治すという話を聞いたことがあります。腰の弱い馬は砂浴びが苦手で自分のため、腸ねん転になりやすいとか。そういえば、大好きだったロイスアンドロイスも腰が甘く、死因は腸ねん転だった・・・

DNAとドラッグとオレ

延々話を引っ張ってしまいましたけど、そもそものキッカケは最近同居人に一服盛られてからやたらドラッグに興味が湧いてまして。10年ぶりくらいの脳内旅行でしたが、先日食らったのは5-Meo-DIPTってやつ、で変な影響ないか調べたところセトロニンレセプターと結合して心の抑制回路を狂わす作用を持つとかなんとか(わけわからん)。手っ取り早く言えば幻覚系の神経毒だとか。LSDやマジックマッシュなんかと同じですね(効果はそれぞれ違うんでしょうけど)。んでDNAレベルでの危険性は今の所ないということで、健全なドラッグライフを送れそうです。あ、常習者じゃないですから。

追記[2004.3.24]

冒頭で触れた「人類含めた既存種の存続に関わるような」懸念ですが、それに関連する記事がありました。

種の大量絶滅を食い止めることはできるか? >> Hot Wired

『サイエンス』誌の3月19日号に掲載された2本の研究論文によると、イギリスのイングランド、ウェールズ、スコットランド地方で、鳥類、蝶、植物の数が大幅に減少しているという。今回の調査結果は、地球が6度目の大量絶滅のまっただ中にいることを示す強力な証拠となっている。

イギリスの科学者チームは、ほとんどすべての在来種の数を対象として過去40年間に行なわれた、6つの調査記録を分析した。この結果、この20年間にイギリスに生息する蝶の71%の種で個体数が大きく落ち込んでいることが判明した。また、イギリスに生息する鳥類の54%の種、在来種の植物の28%も、この40年間に大幅に減少していた。

科学者たちは、過去4億5000万年に5回の大量絶滅があったと考えている。最後に大量絶滅が起きたのは6500万年ほど前で、恐竜をはじめ何万という種が滅びた。このときの原因は、彗星か小惑星が地球に衝突した結果ではないかと考えられている。

6度目の大量絶滅が進行中だとすれば、その原因はそれほどわかりにくいものではない。人間が地球の生態系を大きく変えてしまったからだ、とデューク大学の生態学者、スチュアート・ピム教授は語る。

なるほど、種の多様性ね。ちょと電波入った感じなのですべて真に受けるのは禁物って感じですけど。

5度の絶滅

地球誕生以来、5度に渡って大きな絶滅が起こっています(大絶滅)。最も有名なものは恐竜が滅んだ、5度目のそれですね。

時期規模主な対象絶滅理由
4億3800万年前全生物の22%三葉虫類・海ユリ類・腕足類氷河期?
3億6000万年前全生物の21%オウム貝類、三葉虫類など氷河期?
2億4500万年前全生物の95%陸棲爬虫類大陸移動に伴う気候変動?
2億800万年前全生物の20%海生爬虫類、アンモナイト大陸分裂に伴う気候変動?
6500万年前全生物の75%恐竜、アンモナイト隕石衝突、気候変動?
現在?生態系?

過去の絶滅の原因は様々ですが、本質的には「急激な環境の変化」です。急激といっても数千年、数万年あるいは数百万年という気の遠くなる時間ですが、種そのものの寿命からするととっても短いのでしょう(アンモナイトは実に3億年以上存在していた)。ところが6度目の絶滅の原因は違います。

生態系。生物はみな、それ単独の種では生きていくことができず、他の種とともにあります。食物連鎖、共棲・・・ある植物がなくなってしまえば、それを食料としていたある昆虫が、その昆虫が滅んでしまえばそれを捕食していた小動物が、それが滅んでしまえば・・・。一度切れてしまった連鎖の輪が修復することはほとんどありません。かつて生態系の変化は環境変化などにより連鎖全体で同時に生じていたのでしょう。しかし現在局地的な生態系の変化、むしろ破壊が行われています。

誕生からたった200万年でしかないホモ・サピエンス。貧弱な肉体の代償として、神は知恵という武器を与えたのかもしれません。しかしこのことが他の種にとって何よりの脅威となってしまったわけです。

6度目の大絶滅は

極まれな例を除いて、火を道具として扱うことができる動物は人間だけです。狩猟のため、農耕のため、草原や森林を丸ごと焼き払う行為は人類誕生以来永きに渡って繰り返され、その地域の生態系を破壊してしまったことは想像に難くありません。アフリカにおける絶滅の多くはこれが原因と考えられています。原始時代ならともかく、今でもアジアや南米で焼畑農業が行われているのは悲しいことです。

そして、人間は恐らく史上唯一、生存のため以外に他の種を殺す生物と言えます。特に18世紀以降絶滅した種のほとんどは人間による乱獲が原因です。情けないのは、日本は未だに野生動物の輸入大国だったりします。

命とは不可逆なものです。その意味をもっと真剣に考えなければ、次に絶滅するのは人間なのかもしれません。だって、同じ種どうしで大量殺戮をする種も人間しかいませんから。

そして馬

サラブレッドは人間によって生存ではなく競走という自然環境ではありえない境遇に最適化された、かなり特殊な生物。食用以外で同じように人間によって手を加えられた動物としてはダックスフンド