Column

[2007-02-18] グラス最強!───遅咲きの初年度産駒

カネヒキリ、アロンダイト、ヴァーミリアンを欠いたままの、砂の決戦、冬の陣。とはいうものの、ヴァーミリアンはブレイク直後でこれからが正念場だし、正直カネヒキリの復帰はあまり期待できそうもない。アロンダイトも常に脚元の不安がつきまとう以上、これは暫定王者決定戦ではなく王位継承戦なのかもしれない。継ぐのは誰か。ブルーコンコルドか、シーキングザダイヤか、アジュディミツオーか、はたまた・・・。

驚かされること、みたび

アロンダイトがJCダートを勝った際、「もう何があっても驚かない」と口にした。たった数ヶ月前のことなのにもう忘れていたらしい。

ぶかのファミリーネームはねぎしである。ゆえに思い入れのある根岸ステークスに産駒が出走するのはただでさえ非常に嬉しいことだし、自分と産駒の名前が印字された馬券というのはおいそれとお目にかかれるものではない。当然応援馬券は買う。さらにうまく流れ込んでの3着くらいはあるかもしれない、という期待は持っていた。しかし、まさか、勝ってしまうとは。内容も見事、完勝だった。そしてすまない、馬だけでなく鞍上の力量も含めて見くびっていたようだ。

グラス最強。

かつてはこの言葉を見るたびに「またグラ基地がっ!」と嫌悪感にかられたものだが、今やウィナーズサークルでそう叫びたい自分がいる。ご都合主義?まあ返す言葉もないのだけど、産駒登録リストでスペースリーダーとビッググラス、カイシュウエルコンの名を目にしたとき「エルグラスペそろい踏み」などと冗談半分に思ったことが懐かしい。あるいはビッグクラウン、ビッグジェムとともに初年度産駒のビッグ三銃士(*)と称され、彼らの走りには何度も馬券で救われた。JRAのキャンペーンフレーズ「BIG TIME」とはまさにこのことか、などなど、ネタに困らない愛すべき存在。

どこにでもいそうな馬

早くから重賞戦線を賑わせた2年目や念願のG1タイトルを2つもゲットした3年目と比べると初年度産駒は華やかさに欠けるのだが、ビッググラスはわりかし注目されていたほうだろう。デビューから惜敗続きの鬱憤を晴らすように2歳の暮れに未勝利と特別を連勝、ギャロップのカラーグラビアにも載った。ここまではそこそこ順調だったのだが、明け3歳で芝の重賞に挑戦したものの掲示板まで一歩及ばずクラシックと決別、ビッグクラウン&ビッグジェムとともに裏街道を進むことになる。たまに掲示板に載ってはコツコツ賞金を稼ぐという、どの厩舎にもいる馬主孝行な存在、それがビッグ軍団だった。そう思っていた。

余談だが芝の最高着順は若駒ステークス4着で、このときの3着はポップロックだった。また7着に沈んだアーリントンカップの勝者はシーキングザダイヤ。舞台を砂に移し3年ぶりの顔合わせとなった今回、奇しくも人気は当時と同じく1番人気と8番人気というのはなんとも面白い巡り合わせじゃまいか。

長兄の意地

一介の条件馬に過ぎなかったビッググラスが、「最近はびっくりするぐらい安定している。体質が強くなったし、もまれ弱さもなくなった」と関係者も驚く変貌を遂げたのはちょうど一年ほど前からだ。2006年以降10戦して4-3-1-2、連対率7割で掲示板を外したのは芝の前々走のみ。気がつけば中央で産駒トップとなる6勝を挙げ、ひっそりとオープン入り。そしてアロンダイトやヴァーミリアンの陰にひたすら隠れ続けてきた長兄たちの思いがついに爆発したのか、初年度産駒初の重賞ウィナーとなった7勝目。やっとわかった。お前は、お前たちは強い。

3歳秋に急成長し頂点に立ったアロンダイトやソングオブウインドとは異なり、本当に長い時間をかけて地道に揉まれながら力を蓄えてきたビッググラス。これまでは先行してしぶとく粘る競馬で結果を出してきたのが、根岸ステークスでは中団からの差しを披露。単にハマっただけとも取れるが、直前の追い切りでは坂路でラスト11秒台を叩き出すあたり、6歳にしてついに本格化したという印象を受けるのは俺だけではあるまい。むしろそうであってほしい。他の初年度産駒やクラシックと無縁だった子供たちがこの先走り続ける希望となるやも知れないから。

何にせよ4歳までのグラスと5歳以降のグラスは別の馬と考えたほうがよいのかもしれない。あるいは昨年末のアクアルミナスステークスまでのグラスと根岸ステークスのグラスも別物の可能性もある。そして本格化した直後に、勝算のある唯一のG1が目の前にある幸運。すぐにわかる、ただ強いのか、最も強いのか。

2007年 2月18日(日) 1回東京8日目 11R 15:40発走

第24回フェブラリーステークス 4歳上・オープン・G1(定量) (国際)(指定) ダート1600m 16頭立

賞金 1着94,000,000円 2着38,000,000円 3着24,000,000円 4着14,000,000円 5着9,400,000円
馬名性齢騎手斤量調教師
11 サカラート牡7吉田豊57(栗)石坂正
2アジュディミツオー牡6内田博幸57[地]川島正行
23 タガノサイクロン牡4池添謙一57(栗)池添兼雄
4シーキングザダイヤ牡6武豊57(栗)森秀行
35 カフェオリンポス牡6岩田康誠57(美)松山康久
6×メイショウトウコン牡5武幸四郎57(栗)安田伊佐
47ブルーコンコルド牡7幸英明57(栗)服部利之
8 フィールドルージュ牡5ルメール57(栗)西園正都
59 リミットレスビッド牡8蛯名正義57(栗)加用正
10 シーキングザベスト牡6福永祐一57(栗)森秀行
611 オレハマッテルゼ牡7後藤浩輝57(栗)音無秀孝
12サンライズバッカス牡5安藤勝己57(栗)音無秀孝
713 ダイワバンディット牡6北村宏司57(美)増沢末夫
14 メイショウバトラー牝7ペリエ55(栗)高橋成忠
815ビッググラス牡6村田一誠57(栗)中尾秀正
16 トーセンシャナオー牡4横山典弘57(栗)森秀行

展望

今回ビッググラスよりも確実に上と感じるのはブルーコンコルドとメイショウトウコンくらい。ブルーコンコルドは強い。このメンバーの中では馬の力は抜けているし、調教の動きも抜群だ。府中に実績はないがこれは馬が不向きなのではなく、鞍上による負のバイアスが働いているのではないかと思う。あれこれ考えずに直線外に持ち出せば普通に勝てそうなものだが、それができないのが幸の幸たる所以ではないか。続いて平安ステークスでメイショウトコトンが見せた末脚は驚異。府中でもあの脚を使えたらむしろこちらのほうが戴冠の可能性は高いかもしれない。ケイコと実戦が結びつかないタイプなのか追い切りはいつもしまいバタバタで、調教の時計からは調子を掴みにくい。カギは初の府中、輸送にあるか。

ほか力量が接近しているとみているのがシーキングザダイヤとアジュディミツオー。もちろん実績でははるかに及ばないし、全盛期の力を出されたら勝ち目はあるまい。しかし3歳から第一線で走り続けてきた以上、そろそろ下降線に入ってもおかしくはないだけに付け入る隙はあろう(それを言ってしまうとブルーコンコルドも同じなのだが)。あとはサンライズバッカス、コイツに関しては出遅れだけが問題。五分のスタートを切られたら一番怖い存在である。

ブルーコンコルドとメイショウトウコンは頭に来なかった場合2着もないとみて△まで。残るダイヤ、ミツオー、バッカスの中では鞍上込みでダイヤが最上位、僅差でバッカスか。アジュディミツオーは力の衰えがないと仮定しても、前回の川崎記念で相当消耗しているのではないか?今回も掲示板を外す可能性は高いと思う。

ここに取り上げた以外にも一発の可能性を捨てきれない馬が多く、ダイヤにしてもこれまでほど軸として堅い存在には思えない。エルっ仔馬券術の極意は単複同額買いゆえ、今回もビッググラスの単複しか買うつもりはないのだけど、仮に連勝式馬券を購入するとしたら非常に悩ましいことこの上ない。

レース当日

前日から降り続いた雨は砂を湿らせ、高速馬場へと変えてゆく。スピード決着での実績に乏しいグラス。しかしそれは前回までのイメージだ。今のグラスは時計勝負でも通用するような気がする。もちろん時計勝負を歓迎する馬も当然いるだろう。結局やってみないと力関係はわからない、か。

パドック

輸送での馬体減りを心配するコメントが見られたが、蓋を開けてみれば前走比増減なし。ヴァーミリアンにしてもそうだが、上級産駒は歳を経て精神的に一皮向ける傾向にあるのだろうか。見た目もすっきりしており、何より出走馬16頭の中で最も落ち着いていた。本場場入場から返し馬でもまったく入れ込む様子はなし。馬だけでなく鞍上も実に落ち着いてたように思う。

そうそう、午後になっていきなり晴れてくれた。非常に気持ちよかったし写真も撮りやすくなった。天佑か(何の)。

まあ、正直に言うと本馬場入場後もなかなか返し馬に入らなかったのは人馬共になんだか場違いで固まってるだけだったりして、なんて思ったりもしたのだけど。

レース

ゲートは互角。芝コースのポジション争いではスッと好位の外につけたが、ダートコースに入る頃にはちょうど馬群の真ん中あたりに位置していた。揉まれずに前を見つつ、後ろも警戒できる絶好位。勝ったサンライズバッカスが泥だらけになっていたのとは対象的に直線でもキレイなままだったのは、いかに道中スムースにレースを運べたかを物語っていると思う(逆にベストなレースができての4馬身差は完全な力負けでもあるのだが)。

先行有利とみたのかハナ争いに何頭も絡む様子は見た目にも相当速そうに感じたとおりで参考ラップが3ハロン34秒6との表示。脚抜きのよさを考慮しても激流である。ビッググラスより前につけていた馬はことごとく沈んでいることからも、先行して末を残せるギリギリの位置でレースを運べたのは鞍上の好騎乗だろう。ただ、今回のような条件をさらに得意とする馬がいた。4コーナーでも手応えよし、坂を上がったところで「きたかっ!」と思った。そこまでだった。並ぶ間もなく交わしていく2頭。それみたことか、先頭を行くのは一番怖いと思った馬、続いてちゃんと大外を飛んできた最強馬。

しかしグラス自身止まったわけでではなかった。後方集団の追撃を余裕を持って完封し、G1の舞台で堂々3着。

バッカスの尾が見えなければねぇ。

この後ブルーコンコルドは一瞬でグラスを交わしていってしまった。

現地観戦で初めて味わった敗北なのだけど、負けたショックみたいなものがない。馬券的に大幅プラスだったせいもあるだろうが、もはや諦めていた初年度産駒が見せた走りは十分満足いくものだった。この先まだ「グラス最強」と叫ぶチャンスがありそうな。

データ

第24回フェブラリーステークス 結果

全着順
馬名性齢騎手斤量タイム着差上り人気馬体重増減
1612サンライズバッカス牡5安藤勝己571.34.8 3535.9484-2
247ブルーコンコルド牡7幸英明571.35.01 1/235245168
3815ビッググラス牡6村田一誠571.35.42 1/235.99205180
435カフェオリンポス牡6岩田康誠571.35.51/23615144.1506-2
548フィールドルージュ牡5ルメール571.35.63/435.4613.35000
6510シーキングザベスト牡6福永祐一571.35.6ハナ36.459.24740
711サカラート牡7吉田豊571.35.6ハナ35.514123.4478-8
859リミットレスビッド牡8蛯名正義571.35.6ハナ36.21143.35108
924シーキングザダイヤ牡6武豊571.35.6クビ35.713.94868
10714メイショウバトラー牝7ペリエ551.35.8136.8817.2506-7
1136メイショウトウコン牡5武幸四郎571.36.01 1/435.848438-2
1223タガノサイクロン牡4池添謙一571.36.21 1/435.61263.7470-4
13713ダイワバンディット牡6北村宏司571.36.3クビ37.416165.25022
1412アジュディミツオー牡6内田博幸571.36.43/437.3714.3528-9
15816トーセンシャナオー牡4横山典弘571.36.7237.81370.84464
16611オレハマッテルゼ牡7後藤浩輝571.36.81/237.61039.34762

直前に行われた3歳限定のヒヤシンスステークスでレースレコードとなる1分35秒9が記録されているが、このレースのラップを見ると実に面白いことがわかる。

タイム・通過順(上段:フェブラリーステークス、下段:ヒヤシンスステークス)
ハロンタイム
12.4 - 10.6 - 11.6 - 12.0 - 12.3 - 12.0 - 11.5 - 12.4
12.4 - 10.8 - 11.4 - 12.2 - 12.4 - 12.1 - 12.2 - 12.4
通過タイム
12.4 - 23.0 - 34.6 - 46.6 - 58.9 - 70.9 - 82.4 - 94.8
12.4 - 23.2 - 34.6 - 46.8 - 59.2 - 71.3 - 83.5 - 95.9
上り
4F 48.2 - 3F 35.9
4F 49.1 - 3F 36.7
コーナー通過順位
3コーナー (*13,16)14(2,11)(9,10)-15,5(4,12)-(1,7)(6,8)-3
4コーナー (*13,16)(2,14)(11,10)9(5,15)12,4,7,1(6,8)-3
3コーナー 11,13,6-(1,3)(2,10)(7,8)9,4,5=12
4コーナー 11,13,6(3,8)1(2,10,9)7(4,5)=12

なんと6ハロン通過までほとんどラップタイムに差がないのだ。さらにヒヤシンスステークスでは上位3頭は道中6番手以内につけているが、逆にフェブラリーステークスでは6番手以内の馬は全滅である。同じダートのマイルでここまで結果が異なるのは非常に興味深い。ちなみに1分35秒9というのはフェブラリーステークスではメイショウバトラーの走破時計に相当する。バトラーはそれなりには走ってはいると言えまいか。ともあれ、ヒヤシンスステークスの(前残りな)結果がフェブラリーステークスでの先行争いに影響したのは間違いないだろう。

回顧

村田自身早仕掛けを口にしているが、仕掛けを遅らせたところでギリギリ2着のブルーコンコルドと並べたかどうかで、サンライズバッカスとの4馬身差が逆転することはなかったと思う。それほど見事な勝利だった。出負けしつつ中団まで盛り返し、ビッググラスよりワンテンポ仕掛けを遅らせ、突き抜けた。ブルーコンコルドもさすがである。ちょうど目の前で、並ぶ間もなく交わされてしまった。外を通れば府中でも結果を出せると睨んだとおりだが、バッカスは府中のマイルならこれくらいは走って当然とはいえ少々ハマりすぎの感。上がり3ハロンはともに35秒フラット、この2頭は文句なく強いが、今後も安定して勝ち続けるのは難しいと思う。

カフェオリンポスは大賞典くらいは走ったのだろう。ブービー人気はいくらなんでも軽く見すぎたか。ギリギリ掲示板に残ったフィールドルージュはいかにも展開の利に助けられた。5着以下がダンゴ状態で、メイショウバトラーあたりまで力の差はそれほどないように思う。むしろハイペースを番手で追走しつつも勝ち馬から1秒差に踏ん張ったメイショウバトラー、先のヒヤシンスステークスとの比較も含めやはり彼女が目安といえるのではないか。

シーキングザベストはビッググラスから1馬身1/4(0秒2)と奇しくも根岸ステークスと同じ着差で、能力は出し切ったと見るべきだろう。先行集団を追走した中ではよく残ったほうでもある。サカラートは人気からすると健闘したということになるが、高速トラックになって1800mのレコードホルダーの意地を見せたか。リミットレスビッドはずいぶん影が薄かったけど、1ハロン長いことを考えれば上出来と思う。シーキングザダイヤはバトラーにかろうじて先着。ゲートが悪く後ろから行かざるを得なくなってしまった時点で終わった。今日のような馬場で後ろから行って切れる馬ではないだけに、理想はビッググラスのちょい前あたりだったのでは。バトラーより下の着順となった馬のうちそれなりに人気を背負っていたのはメイショウトウコンとアジュディミツオー。前者は初の輸送&府中(というか左回り)で力を出せなかったと考えることができるが、ミツオーはどうしたものか。パドックでは非常にいい気配で、疲労残りと睨んだのは早合点と感じたのだけど・・・。芝スタートがとことん合わないのか、本当に力の衰えがきているのか。

3着 15番ビッググラス(村田一誠騎手)

「夢見たね。もう少し追い出しを我慢すればよかった」

俺も夢を見た。これだけの騎乗ができるのにこの程度の成績しか残せていないのがわからない。

倒さねばならない相手が増えた。泥だらけの人馬が激走を物語る。

参考

脚注

ビッグ三銃士
馬主は同じではない。距離適性も微妙に違う。スプリンターのジェム、1400m~1800mのグラス、1800mのクラウン。しかし年の瀬が近づくと成績が上向くのは共通しているなど謎の多い3頭。