Column
ヴァーミリアンといく地球の歩き方───ナドアルシバはお化け屋敷編
敵は強い。まともに戦って勝てる相手ではない。
あの日俺たちが見た夢
ナリタブライアンが残した2世代の遺児たちの中から後継者は誕生しなかった。たった3世代の中から次代に血を繋げる馬が果たして現れるだろうか?急逝した名馬と同じ運命を辿ってもおかしくはない。デビューから3年間、子供たちを追いかけながらも常に不安が付きまとっていた。クラシックラストチャンスだった菊花賞、このときから何かの流れが変わったとしか言いようがない。おかげで不安はほとんど消えつつあるが、まだ何かが足りない。
エルコンドルパサーの後継者。それは単に種牡馬として血を残すことだけを意味しているわけではない。今でも焼きついているのは海を越え世界のトップホースと互角以上に闘い続けた姿。
昨年の暮れにソングオブウインドが香港に渡ったものの、残念ながら満足な走りをすることができずに終わってしまった。3世代の中から海を越える馬がいただけでも喜ぶべきことで、それ以上を望むのは贅沢というもの・・・そう自分に言い聞かせるのはもうやめた。だいたい自他共に認めるエル狂いのオレが可能性を信じないでどうするよ。
もうひとつの道
エルコンドルパサーの引退時、日本での出走を望む声は非常に多かった。そりゃJCや有馬でスペシャルウィークやグラスワンダーとの直接対決を想像したらオレだってワクワクしてくる。でもそれ以上に、ベールに包まれたままだったダート適性の高さを知りたかった。ギリギリまでブリーダーズカップ参戦の可能性があったことを知る人は多いのではないだろうか。さらにサンクルー大賞を快勝した直後に「エルコンドルパサーを東京大賞典に招待する会」などという冗談みたいなものが結成されたのだが、さすがにこれを覚えている人は須田鷹雄くらいのものだろう(個人的にはこちらが実現するほうが面白かったのではないかと思う)。ともあれデビューから3戦の圧勝劇や脚捌きの軽さ、何より環境の変化に対する適応力などから推測すれば、芝同様にダートでも好結果を残せた可能性は高い。
余談だが、3世代の子供たちはスプリンターからステイヤーまで非常にバラエティに富んでいるものの、やはりダート適性の高さが目立つ。特に大型馬にこの傾向が強いので、現状頭打ちになっている、500kgを超える産駒は積極的に芝を試してみるのもよいだろう。
世界の壁
近年日本調教馬が世界の舞台で活躍する姿が珍しくなくなってきたが、それは芝においてであって、ダートの一線級にはまだまだ通用していない。2001年のドバイワールドカップでトゥザヴィクトリーが2着となったが、勝ったキャプテンスティーヴから3馬身離されての入線で、またお世辞にもこの年のメンバーはレベルが高かったとは言い難い。唯一実績らしい実績と言えるのは昨年のゴドルフィンマイルのユートピア(*)くらいなもので、アドマイヤドン、カネヒキリ、アグネスデジタルといったダート史に残る猛者が次々と敗れ去っている。いや、芝で頭打ちになりダートを選んだ馬ではそもそも通用しない世界、と見たほうがよいのだろう。そのほうが納得がいく。トゥザヴィクトリーも芝のG1ホース。例外はアグネスデジタルだが本質的にはマイラーではなかったか(*)。
ヴァーミリアンは2歳時にラジオたんぱ杯を制した。クラシックはもはや黒歴史になりつつあるが、2歳時に芝で良績を残しダート転向して本格化した馬となるとタイプはアドマイヤドンに近いか。奇しくも両者の母の父はサンデーサイレンス。
※後日訂正、アドマイヤドンはティンバーカントリ×トニービン、何を血迷ってるんだオレは。
ヴァーミリアンの場合はもうひとつ、3歳秋以降芝への出走がなく、また良績が地方に特化しつつある点が気がかりだ。交流重賞が行われる地方の競馬場は中央よりも砂が深い。スローでの強さは言うに及ばず、川崎記念ではハイペースを深追いして直線さらに伸びる完勝だった。こと交流競走において現役では無敵、恐らく過去を振り返ってもかつてのホクトベガ(*)に匹敵するレベルにあるのではないか。しかし地方競馬におけるハイペースに対応することと芝や北米のような高速トラックでのハイペースに対応することとは質が異なることを念頭におかねばならない。あの圧勝は馬場適性の高さに拠るところが大きい、と考えることもできる。
立ちはだかる者
よりにもよって今年のドバイワールドカップは史上最高レベルといっても過言ではない。欧州勢や日本馬にとってはノーチャンスという見方が多数を占めている。特に有力視されているのがこの3頭だ。
ディスクリートキャット
今回の本命。昨年のUAEダービーを驚異的なタイムで圧勝、6馬身差で蹴散らした相手の中にはインヴァソールやフラムドパシオンがおり、早くから“真の最強馬”との呼び声が高かった。この後ケンタッキーダービー制覇に向かうかと思いきや、大事をとって裏街道路線へ。過去6戦すべてが圧倒的なワンサイド勝ちで、G1勝利は昨秋のシガーマイルのみだがサラトガ競馬場のマイルのタイレコードで走破している。通算成績は6戦6勝。父フォレストリーは名種牡馬ストームキャット産駒で、種牡馬実績はまだ目立たないものの殿下は産駒を18億円で落札するなどいたく気に入っている様子。母はニューヨーク牝馬三冠の最終戦アラバマステークスに優勝したプリティディスクリート。重箱の隅をつついてみると1800mまでしか経験がないことが唯一の隙だが、血統背景的には2000mまでなら問題はなさそう。
インヴァソール
対抗。ウルグアイの三冠を無敗で制し、昨年はUAEダービー4着の後ピムリコスペシャルハンデ、サバーバンハンデ、ホイットニーハンデ、そしてブリーダーズカップクラシックと北米でG1のみ出走し4戦4勝、南半球産初の北米年度代表馬となった。通算成績11戦10勝、ただひとつの白星であるUAEダービーの雪辱に燃えているのは想像に難くない。今季初戦となったドンハンデもトップハンデを背負いながら2馬身差で快勝と調整にぬかりはなさそう。父キャンディストライプスの産駒にはアルゼンチンからアメリカに移籍し6戦6勝のまま引退したキャンディライドがおり、スピード決着にも不安なし。圧倒的な先行力が売りのディスクリートキャットとは対照的に、鋭い末脚が武器。
プレミアムタップ
プレザントタップ産駒というと日本でもタップダンスシチーやデビッドジュニアがおなじみ。デビューが遅く三冠とは無縁だったが4歳となった昨年の夏以降頭角を現し、初のG1出走となったホイットニーハンデで5着に好走し、続くウッドワードステークス優勝で確変突入。ケンタッキーカップクラシックステークスではオールウェザーの馬場が合わなかったのかブービーに沈んだものの、ハイレベルなメンバーが揃ったブリーダーズカップクラシックではインヴァソール、ベルナルディーニの3着、クラークハンデでは格下相手でトップハンデを背負うことになったが7馬身差で堂々優勝し完全に本格化。通算成績は14戦5勝。上記2頭と比べると1枚下に見られているが例年の優勝馬の水準には達しており、またタップダンスシチーが5歳の秋に覚醒したようにこの馬も今から旬を迎えるのかもしれない。脚質は先行。
このほか昨年のベルモントステークス勝ち馬ジャジルなどの名前もあるが、この3頭に匹敵するような存在はいない。無敗の快速馬ディスクリートキャットとG1を5連勝中のインヴァソールの一騎打ちにプレミアムタップがどこまで食い下がれるかが大方の予想だろう。あえて挙げるとすればシーキングザダイヤ(父ストームキャットは心強いだろう)である。
出走予定馬
印 | 馬名 | 調教国 | 今季 | 備考 |
◎ | Discreet Cat | UAE | 3/1 Maktoum Challenge R3 | 次走で初の2000m |
---|---|---|---|---|
○ | Invasor | USA | 2/3 Donn Handicap 1着 | 3/15にドバイ入りとのこと |
▲ | Premium Tap | USA | 2/16 Kings Cup | 三番手評価も侮れず |
Jazil | USA | 1/5 Claming 2着 | ベルモントS馬、流動的 | |
? | Vermilion | JPN | 1/31 Kawasaki Kinen Memorial 1着 | 招待状待ち |
△ | Seeking The Dia | JPN | 2/18 February Stakes | フェブラリー次第か? |
Fusaichi Pandora | JPN | 2/22 Empress Cup | 参否はまだ流動的 | |
Tosen Shanao | JPN | 2/18 February Stakes | ダイヤの帯同馬 |
森師の刺客
ちょっと大袈裟な言い方だが、殿下の悲願であるケンタッキーダービー制覇、そのためのシミュレーション施設がナドアルシバ競馬場である。左回りの1周2,254m、新装阪神を左右逆転したような三角に近いコース形状はチャーチルダウンズを範としており(並べてみるとどこが似てるんじゃいと突っ込みたくはなるが)、土壌も北米のダートを強く意識している。UAEダービー創設の目的もケンタッキーダービーの選考会であることは、海外通の間ではよく知られていることだ。つまりナドアルシバ適性=北米適性といっても過言ではない。
日本からケンタッキーダービーに挑戦したのはスキーキャプテンただ1頭。先行してナンボのこのレースで追い込みのキャプテンが通用するはずもないというのは戦前から論じられていたが、大事なのは実際に挑戦して確かめることではないか。そのあたりはさすがは森師。ドバイにも過去多くの日本馬を挑戦させ、その経験豊富な森師は今回ドバイワールドカップにシーキングザダイヤを送り込もうとしている。母シーキングザパールは1998年のモーリスドゲスト賞における日本調教馬初の海外G1制覇が記憶に新しいところ。自身もこれが4度目の海外挑戦であり、いうなればシーキングザダイヤは海外遠征の純血種。3強だけが敵ではない。ましてやヴァーミリアンはこれまでダイヤには未先着なのだから。
G1で2着9回という離れ業でネタ馬扱いされることが多くなってしまったが、本来シーキングザダイヤは血統的にも実績的にもドバイを狙える有力馬の1頭である。デビュー時は未勝利からニュージーランドトロフィーまで芝で4連勝しており、ダートに舞台を移してからはマイル以上の距離で掲示板を外したのは一度しかない。海外3戦はすべて着外だが歳を経て安定味を増した今なら輸送や環境の変化に動じることもなかろう。決め手に欠けるため勝ちきるまでは難しかろうが、先行できて相手なりに走れるこの馬の適性を考えると、案外上位に食い込めるのではないだろうか。
ヴァーミリアンの可能性
強力な先行馬(というより有力馬の多くが強力な先行力を持っているのだが)がそのまま押し切るパターンが多いため、ヴァーミリアンが川崎記念でアジュディミツオーと対戦したのは馬場の質の違いを踏まえても好材料だろう。そのアジュディミツオーは一昨年の挑戦でスタート後手を踏み、その後3番手に取り付いたものの直線伸びきれず逃げ切ったロージズインメイから15馬身近く離された6着に沈んだ。恐らくディスクリートキャットならアジュディミツオー以上のペースを馬なりで刻めるだろうから、川崎記念の結果もただの気休めでしかないかもしれない。それでも超スローに慣らされたままでは万に一つの勝ち目もなかったはずだ。
2001年のような例外を除けば、先行&ハイペース対応はドバイにおける最大の鍵だ。その点に関して最近ヴァーミリアンの見方が変わりつつある。これまでの敗戦を調べてみるとペースに戸惑っていたというコメントはあっても、純粋に原因がハイペースにあるとは思えないのだ。ペースが原因なら最後バタバタになっていてもおかしくはないが、フェブラリーもJCダートもゴールまで失速はしていない。むしろ馬自身の走る気が欠落しているのが理由とみるほうが自然だろう。3歳春から秋の凡走はまさにこれで、ここ数戦を見ると気性面の成長が感じられるため、折り合いさえついていればペースはあまり気にする必要はないように思う。川崎記念でハイペースに対応できたことは、フィジカルな資質によってもたらされたものというよりメンタル面での問題が解決されたと考えたほうがよさそうだ。
もうひとつはナドアルシバのダート適性だ。2000mを2分という高速決着は明らかに北米のダートのそれで、日本のダートホースが跳ね返されてきたのもこのダートの質の違いという意見が多い。ヴァーミリアンは地方特有の深い砂で実績を重ねているが、2歳時には芝で重賞を制しているので適性がないということはないだろう。但し高速決着での裏づけはない。こればかりは蓋を開けてみるまではなんともいえまい(逆にドバイのダートで通用するなら日本の芝がダメということもないわけで、帰国後は積極的に芝レースへの出走も期待したいところ)。
そのほか、気になる点をピックアップしてみよう。
2000m
ダート長距離のスタミナにおいては絶対の自信があるヴァーミリアンだが、反面2000mでのスピード決着では不安が残る。脚抜きのよい馬場状態だった一昨年のエニフステークスで、京都のダート1800mを1分49秒7という開催最速タイムで勝っているのが唯一の希望。
長距離輸送
ヴァーミリアンは正直輸送に弱い。いや弱かった。川崎記念では最終追い切りが若干軽めではあったがプラス体重での出走。欠点を徐々に克服しつつあるのだろうか?
環境の違い
3月のドバイは平均最高気温25度、最低気温17度と当然日本とは気候が大きく異なる。昨年夏の東海ステークスではマイナス21kgと大幅に馬体を減らしてしまったが、中間歯替わりもありこれだけで夏場に弱いのかどうかは決めかねる。いずれにしても好材料があるわけではない。
当日の馬場入り
花火、フラッシュ、ドンチャン騒ぎ。気性に難のある馬なら間違いなく入れ込む。
調教師の経験
石坂師の海外遠征は2001年ダイタクヤマトの香港スプリントに次ぐ2度目となる。このときは12着と大敗しヤマトは引退。香港スプリントのレベルは世界でもトップクラスゆえこの結果もやむなしだが、海外が甘いものではないということは師の胸に刻まれているのではないか。
ルメール
ときどきわけのわからない騎乗をするこの男。また諦めるのが早すぎるきらいがある。ほんとにだいじょぶなのか?
オレ
馬の応援で海外に行くのは1999年以来(2000年の香港国際は日本馬の出走なし)。ほんとにだいじょぶなのか?
正直どれもこれも精神面での進境に期待、というほかない。以前の甘さがどうしても脳裏にチラついてしまうが、名古屋大賞典や川崎記念を見ると別の馬に生まれ変わったような落ち着きやタフさを見せている。ヴァーミリアンの持っている資質は世代でも上位と信じているが、そのすべてをぶつけてもまだ足りないレベルでの闘い、最後にモノを言うのはきっと精神力。
... to be continue
おまけ
最高のシナリオ
ヴァーミリアン優勝、以下ネコ、侵略者。秋にリベンジ燃える侵略者が文字通り来襲するも一年ぶりの出走だったアロンダイトが連覇。世界に轟くエルコンドルパサーと石坂師の名。
ありそうなシナリオ
ネコ圧勝、離れた2着に侵略者。以下ダンゴ。
微妙なシナリオ
タップ辛勝、2着侵略者でネコ失速の4着、5着シーキングザダイヤ、ハナ差6着ヴァーミリアン。
最悪のシナリオ
なんとシーキングザダイヤがレコードで優勝、勢いで殿下がお買い上げ、ほくそ笑む森師。2着プレミアムタップ3着にフルゲート割れで出走できちゃったシャナオー。ネコも侵略者もヴァーミリアンも馬群に沈む。
ほんとうの最悪のシナリオ
1997年の再現。
とにかく無事に帰ってきてくれ。それが一番の願いだ。
状況整理
レースまであと5日に迫った。このページのタイムスタンプを見ると2月27日なのでほぼ1ヶ月ぶりに続きを書いているわけだが、その間にいくつか状況に変化があったのでまとめておこう。
シーキングザダイヤはフェブラリーステークスで見せ場も無く9着に破れ、レース後も体調が下降線ということで出走を断念、休養に入った。フサイチパンドラもエンプレス杯で逃げるトーセンジョウオーを捉えきれず、白井師は「ダートでもやれる事はわかりましたが、ここでちぎる様でなければドバイに行っても仕方ありませんね」
と矛先を日経賞へ矛先を変更。これによりワールドカップへ出走する日本馬はヴァーミリアンのみとなった。
一方、迎え撃つディスクリートキャットはスーパーサーズデイで復帰予定だったものの、なんと熱発で回避。昨年の裏街道っぷりといい今回といい、あまり無理が利かない体質のだろうか?
出走馬
印 | 馬名 | 調教国 | 戦績 | 死角 |
△ | Bullish Luck | 香港 | 49戦11勝 | 初ダート |
---|---|---|---|---|
★ | Discreet Cat | UAE | 6戦6勝 | 熱初明け |
△ | Forty Licks | サウジ | 13戦9勝 | 前走タップに完敗 |
◎ | Invasor | USA | 11戦10勝 | コース適性 |
Kandidate | 英国 | 34戦8勝 | レベル厳しい | |
○ | Premium Tap | サウジ | 18戦7勝 | 成長力がカギ |
サウジ | 12戦6勝 | 未知 | ||
▲ | Vermilion | 日本 | 18戦7勝 | 高速決着? |
ネコは頭を外したら掲示板もないのでは。
脚注
- ユートピア
- ユートピアの成果はゴドルフィンマイル圧勝ではなく、その走りが殿下の目に留まり、以後ゴドルフィンの勝負服で走ることになったことである。ある意味、世界で始めて通用した最初の日本馬は、ひょっとしたらユートピアなのかもしれない。
- アグネスデジタル
- 天皇賞秋や香港カップを勝ってはいるが、安田記念、マイルチャンピオンシップ、南部杯、フェブラリーステークスと芝ダート問わず当時の国内のマイルG1を全て制覇(レコード勝ち3回)とマイラー適性は非常に高かった。輸送に弱いわけでもなく、ドバイでの大敗(勝ち馬から2秒6差)は微妙な距離適性の違いとムラっ毛くらいしか理由が見当たらない。なお「すべての馬は本質的にマイラー」は藤澤和雄調教師の名言。
- ホクトベガ
- 1993年のエリザベス女王杯(当時は3歳牝馬限定競走)や牡馬相手に札幌記念を勝つなど芝でもそれなりの実績を残したが、5歳時にエンプレス杯を18馬身差(3.6秒)で圧勝、この後も帝王賞や川崎記念連覇など地方交流競走10連勝を達成した名牝。引退レースとなった1997年の第二回ドバイワールドカップでレース中に故障発生、予後不良となる。